弊社では洗濯ネーム、糸付き単枚タグ、大型ラベルなどに印字するプリンタを長年にわたり開発してきました。市場ではバーコードシールを中心として据え置き型からハンディタイプなど、さまざまなプリンタが利用されています。弊社プリンタをはじめ、その多くが熱転写プリンタです。
当たり前のように存在する熱転写プリンタも、その歴史をひもとくと、印字形態の変遷、時代の要請、それに関わる人々の労苦も浮かび上がってきます。弊社のプリンタを中心とした視点ではありますが、背後の風景まで感じていただければと思います。
活字式印字機
太平洋戦争に敗戦した日本の復興を支えた様々な産業のひとつが繊維産業です。弊社の前身も繊維製品の製造メーカーのひとつとして1961年に産声を上げました。当時は実用的な衣料からデザイン指向の衣料品が増えてきた時期でもあり、とりわけ東京オリンピックを境に繊維製品からファッション製品の傾向が一段と強くなりました。そこでデザイナーは、商品イメージ向上のために副資材である吊りタグにも力を入れ始め、用紙、印刷、吊り下げ糸など、凝ったものが増えました。
当時、自社製品からOEM製品までの製造から仕上げまで行っていたため、吊りタグの取り付けも必須の作業でした。そのため、丸、三角、菱形、卵型など多様な形状の吊りタグへの印字が求められました。しかし、当時の印字機では対応できる機種がなく、ゴム印を手で押すしか方法がありません。大量生産時代でもあり、ゴム印による手作業は大変な時間と労力がかかる上、印字項目も多いことから誤印字が多く、検品業務も過大となり納品にも支障が出る状態でした。
何とかならないかと、各メーカーに該当する機種の有無、改良の可否などを打診しても「そんな万能機はない」という答えが返るだけでラチがあきません。思い悩んだ末、「それなら自分で印字機を作ってみよう!」ということになりました。ところがここからが大変で、どこから手を付けてよいやら右往左往しました、、、
まずは鉄工所探しから始めたものの、開発目的の説明から始まって、趣旨や用途をなかなか理解してくれず、何度も説明する始末でした。散々エネルギーを費やした挙げ句、どうにか試作までこぎつけました。
試作機は手差し式で、一回転の動作でインキングと印字を行う構造でした。実用新案特許を得るほどの仕上がりでしたが、印字をするための活字から活字を固定する櫛形の土台まで全て特注品となりました。そのため、機械はもとより活字も鋳型から作らなければならず、膨大な投資が必要でした。また印字用のインキも外国製があるものの高額でコスト的に非実用的で、国産を探すことにしました。ところが、多くのインキメーカーに打診しても希望するインキがなく、特許を盾に製造することすらかなわない状況でした。やむなく既製品を使うものの、油性インキを使うとすぐに活字が目詰まりし日常のメンテナンスの大変さで挫折、水性だと乾燥に時間がかかるため駄目と失敗の連続。何とか愛知県のインキメーカーに頼み込み水性で速乾性があり、不滅のインキを開発してもらい、ようやく印字が出来るまでに辿り着くことができました。
印字に成功し出荷を開始すると、同業者から「うちにも作って欲しい」「市販して欲しい」という声が寄せられました。繊維会社をやりながら印字機の製造販売と二足のわらじで始めましたが、ほどなく印字機に一本化、1978年に会社設立となりました。この活字式印字機マイティー200は繊維業界を中心に一般産業界にも販路を拡大していきました。


プリンタの歴史
はじめに